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札幌高等裁判所 平成10年(行コ)13号 判決

札幌市中央区南一五条西一一丁目三番一号

控訴人

飯野昌男

札幌市中央区大通西一〇丁目

被控訴人

札幌中税務署長 多賀克己

右指定代理人

千葉和則

成田英雄

亀田康

河村利満

市川光雄

沢田和宏

神陽一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人の平成六年分の所得税について被控訴人が平成八年一月一一日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を課税所得金額一六七六万五四〇六円を超える限度において取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二事案の概要

事案の概要は次のとおり付加するほか原判決書「事実及び理由」中の「第二事案の概要」に記載のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決書八頁三行目冒頭に「(一)」を加え、同九頁一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(二) 控訴人は所得税法三七条一項、二七条二項の規定を引用して収入金額を得るために支出した必要経費を収入すべき時期の判定基準とするべきである旨主張する。しかし、いわゆる費用収益対応の原則は権利義務の確定という基準の範囲内において把握されるべきであって、現実の取引において収入金額、必要経費のいずれかがその事業年分で確定しない場合には同一事業年分では必要経費と収入金額とが完全には対応しない結果となるのもやむをえないものである。したがって支出年分を基準として収入すべき時期を判断する理由とはならない。」

二  原判決書一〇頁一行目から同一一頁二行目までを次のとおり改める。

「(一) 所得税法三六条一項は現実の収入がなくてもその収入の原因たる権利が確定した場合にはその時点で所得の実現があったものとしてその権利発生の時期の属する年度の課税所得として計算する旨を定めたものである。これによればその収入の原因たる権利が確定する法律要件は何かが確定されなければならないが、解釈の一つとして人的役務については所得税法基本通達三六―八(5)は、人的役務の提供による収入金額はその人的役務の提供を完了した日の属する年分の収入金額として計上する旨規定して「人的役務の提供を完了した日」をその要件としている。

控訴人は他二名とともに昭和六三年三月目良正樹らから保全病院の敷地の貸借権を七〇億円以上で売却して病院を別の場所に移転するために必要な事務処理を委託され、目良正樹らは控訴人がこれに成功した場合には受領する売却代金額の一パーセントを報酬として控訴人に支払うことを約した。控訴人はこの委託契約の履行として右賃借権の譲渡契約の成立に必要な役務の提供を行い、その結果目良正樹らは平成元年一二月二六日本件土地の賃借権を地上建物とともに七四億二五〇〇万円で売却し、売買代金を平成二年五月三一日までに受領した。

そうすると、控訴人は目良正樹らとの委託契約に基づき人的役務の提供を完了し、委託契約の目的が達成された平成二年五月三一日に同人らに対し七四二五万円の報酬請求権を取得したことは明らかであり、本件報酬金は平成二年分の収入金額として計上されるべきものである。」

三  原判決書一一頁六行目の次に行をかえて次のとおり加える。

「(二)事業所得の課税標準(総所得金額)につき所得税法二七条二項は「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定しており、そのうえで所得金額の計算の通則として同法三六条一項で「その年分の各種所得の金額の計算上総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする。」と規定し、さらに同法三七条一項で「その年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入すべき金額は、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」と規定している。

所得税法二七条二項が規定するとおり事業所得の金額はその年中の事業所得にかかる総収入金額から必要経費を控除した金額であることが前提であり、これが所得金額算定の枠組である。そして同法三七条一項にいうとおりその年中の必要経費を控除して所得金額を算定することが所得税の本質であり、これらの規定は究極的に実現された収支によってもたらされる所得について課税するのが基本原則であることを示しているものと解される。そうすると当該収入を得るための必要経費が支出されたときが当該収入の収入すべきときであるということができる。

前記通達は人的役務の提供による収入金額はその人的役務の提供を完了した日の属する年分の収入金額として計上する、人的役務の提供による報酬をその期間の経過又は役務の提供の程度等に応じて収入する特約又は慣習がある場合は、その特約又は慣習により、収入すべき事由が生じた日の属する年分の収入金額として計上することも認められるとしているが、これは右の理を述べたものと解される。

本件報酬金を得るための役務の提供は平成二年までに完了しており、本件報酬金を得るために必要であった直接・間接の費用は平成二年五月までに支出している。したがって本件報酬金は平成二年に収入すべき金額であることが明らかであると言わざるを得ない。その反面において本件報酬金を平成六年の所得の算定に含めるべき根拠はない。」

第三証拠関係

証拠関係は原審訴訟記録中の証拠目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

第四争点に対する当裁判所の判断

一  争いのない事実、乙第一号証の二、三及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1  札幌市中央区南四条西一丁目所在の土地(以下「本件土地」という。)上に賃借権を有し、同土地上に共有する建物において病院(保全病院)を経営していた目良正樹らは平成元年一二月二六日伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」という。)との間で本件土地の賃借権及び本件土地上の建物を七四億二五〇〇万円で売り渡す旨の売買契約を締結した。

2  控訴人は平成二年八月一日目良正樹らに対し次のとおり主張して札幌地方裁判所に報酬金七〇〇〇万円の支払を求める訴え(同裁判所平成二年(ワ)第一〇八四号)を提起した。すなわち、控訴人は昭和六三年三月二二日他二名とともに目良正樹らとの間で本件土地の賃借権を伊藤忠に七〇億円以上で買い取らせることを委託内容とし、目良正樹らは同人らが受領する金額の三パーセントを成約の報酬として控訴人らに支払うとの約定で仲介等委託契約を締結した。控訴人は昭和六三年三月ころからこの仲介等委託契約に沿って伊藤忠との間で価格の交渉や国土法二三条一項の届出をするについて勧告を受けないように処理すること等の事務を行った。その結果昭和六三年一二月には伊藤忠が本件土地の賃借権を七〇億円で買い受けるとの合意に達し、同年一二月六日には札幌市から国土法二三条一項に基づく不勧告の通知を受けるに至った。目良正樹らは前記のとおり平成元年一二月二六日伊藤忠との間で売買契約を締結したが、これは売買の対象に地上建物が加えられ、代金が四億二五〇〇万円増額されてはいるが、基本的にはその前年一二月までの控訴人らによる伊藤忠との交渉結果に基づいて結ばれたものである。

3  これに対し目良正樹らは、同人らが控訴人との間でその主張する仲介等委託契約を締結したことを否認し、仮にその仲介等委託契約の締結が認められるとしても伊藤忠が昭和六三年一二月二八日に本件土地の賃借権の売買をしない旨の意思表示をしたことによって目的不達成により終了し、以後控訴人は仲介行為を行っていない。目良正樹らと伊藤忠との間の売買契約は、目良正樹らが平成元年八月にジェイケー三功株式会社らとの間で締結した委任契約に基づく同社らの仲介行為によって成約に至ったものである等と主張して控訴人の請求を争った。

4  第一審の札幌裁判所は平成五年一月一九日控訴人の主張を認めその請求を全部認容する旨の判決を言い渡したたが、目良正樹らはこれを不服として札幌高等裁判所に控訴(同裁判所平成五年(ネ)第二七号)した。

控訴審における平成六年二月二三日の和解期日において目良正樹らと控訴人の間に目良正樹らが控訴人に対し報酬金等として四五〇〇万円の支払義務のあることを認めこれを同年三月二五日限り控訴人に支払うとの和解が成立した。控訴人はこの和解に基づき同年三月二三日目良正樹らから四五〇〇万円の支払を受けた。

以上の事実が認められる。

二  所得税法三六条一項は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」と定めており、ここにいう「収入すべき金額」とは収入すべき権利の確定した金額をいい、その確定の時期は法律上これを行使することができるようになったときと解するのが相当である。

一に認定した事実によれば、控訴人と目良正樹らとの間には控訴人主張の報酬請求権の存否自体に争いがあってその存否を確定することができない状態にあったものであるところ、これが前記訴訟の控訴審における平成六年二月二三日の和解期日に成立した和解により控訴人の目良正樹らに対する四五〇〇万円の報酬等請求権の存在することが確定し、法律上これを行使することができるようになったものということができる。そうするとこの四五〇〇万円(本件報酬金)の収入は和解の成立した日の属する年である平成六年の総収入金額に算入すべきものである。

控訴人は人的役務の提供を完了した日等が平成二年であることを理由に、また、必要経費を平成二年中までに支出していることを理由に本件報酬金は平成二年分の収入金である旨主張するが、役務の完了時期、必要経費の支出時期が控訴人の主張するとおりであっても、報酬等請求権に関わる紛争の内容及び終了時期が先のとおりであるなどの前記認定の事実関係のもとにおいては、右の認定判断は動かし難いものであって、控訴人の右主張は採用することはできない。

そうすると、被控訴人が本件報酬金が平成六年の総収入金額に算入されるものであることを前提にしていた本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

第五結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年二月一〇日)

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 中西茂 裁判官竹江禎子は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官 大出晃之)

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